野良犬 Stray Dog 1949

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野良犬 Stray Dog 1949

監督: 黒澤 明
出演: 三船敏郎, 志村 喬, 清水 元, 河村黎吉, 淡路恵子, 木村功

戦後の混乱期、失業者の多い日本が生き生きと描かれている。裏世界も闇市も。真夏が舞台の映画である。暑い日である。どこまでも暑いのが映画の画像からしみ出してきている。
酔いどれ天使、静かなる決闘に次ぐ、三船敏郎と志村 喬のコンビの映画である。
テーマはアプレゲールである。これはフランス語で、第一次世界大戦後のフランスで、既成の道徳・規範に囚われない文学・芸術運動が勃興を指していたが、この映画では、太平洋戦争後の日本で、戦前の価値観が崩壊し、既存の道徳観を欠いた無軌道な若者による犯罪が多かった時期である。こうした犯罪をアプレゲール犯罪と呼んだらしい。
この映画では、戦後の日本の世代を描写しながら、アプレゲール、戦後派の本当の意味を問うている。

最初に野良犬の顔がアップで出てくる。舌を出して激しく呼吸している。これが、生々しく映画の内容について予感させる。

若い刑事、村上がコルトの拳銃を盗まれ、それが犯罪に使われてしまう。
前半のスリを追っかけるシーンも道路の広さのわりに建物があまりなく、荒れ地ばかりである。戦争の傷跡が残されているのを実感する。

夏の暑さや風情が映画の中にふんだんに出てくる。満員のバス、ダンサーの汗、うちわ、雨、アイスバーなどうまく表現されている。そして雨が降りそうな夕立が来そうな空の暗い雲、サルスベリ、つぶれたトマト、かえるの泣き声、カボチャの料理など映画の中に象徴的なシーンがたくさん盛り込まれている。映画では珍しく、暑い夏の後楽園の巨人戦のデイゲームが舞台として使われている。背番号16の川上と23の青田がでている。そして戦後の日本として屋台、路上での床屋、レビューダンスなど珍しい景色が描かれている。

映画のタイトルの野良犬は、戦後ぐれた若者である。そして犯罪を犯すと狂犬に変わると佐藤刑事に言わしている。

三船の表情がアップで取られていて、彼の表情がとても良い。三船の表情は本当にこの映画の全篇を通して素晴らしい。

遊佐と村上刑事の大原駅での最後の追跡劇は日本映画の中でも本当に名場面と言っていい。
最後の遊佐を追いつめるシーンのカメラのアングルが素晴らしい。まずは足下を映し、泥だらけの靴を発見する。男が立って振り返ると泥を背中まで跳ね上げて汚れている。左でマッチをする。彼が遊佐だ。
対峙する二人のシーンでの緊張感と、平和そうにピアノが鳴る対比がよい。
そして銃声が一発。静かになり、またピアノが鳴る。そして腕からしたたる血、蠅が腕を這う。
アップの遊佐の表情があり、二人の追跡と格闘があり最後に遊佐に手錠をはめ、二人が寝転がり、太陽を見つめる。空を見上げる遊佐に、夏の花が、おそらく白山菊が咲いているのが見える。復員した時にリュックを同じように盗まれた二人の人生は、どうしてこんなに変わったのだろう。チョウチョの歌が流れる。泣き叫ぶ遊佐。


新人の村上刑事とベテランの佐藤刑事の対話が本当によい。いろいろな視点から犯罪者について語られている。どれが正しいとかを主張しているわけではなく、村上と佐藤の立場から言わしているところが素晴らしい。

村上刑事が、世の中には悪人はいない、悪い環境があるだけだ。そんな言葉がありますが、遊佐と言う男も考えてみればかわいそうなやつですね。長い間に戦争に言っている間に、人間はごく簡単な理由で獣になるのを何回も見てきたんです。

佐藤刑事は、いかんいかん、そう言う考えは俺たちには禁物だ。
一匹の狼のために傷ついたたくさんの羊を忘れちゃいかん。大勢の幸福を守ったという確信がなければ、刑事なんか全く救われない。俺は単純にあいつらを憎む。悪い奴らは悪いんだ。

村上刑事が、僕はまだどうもそういう風に考えられないんですよ。長い間に戦争に言っている間に、人間っていうやつが、はごく簡単な理由で獣になるのを何回も見てきたものですから。

佐藤刑事は、君と僕の年齢の差か、時代の差かな。

映画の最後にも同じような二人の会話がある。
村上刑事が、
どうも遊佐って言う男のことが
佐藤刑事が、
最初に捕まえた犯人て 妙にわすれられないものさ、
君が考えているよりあーいう奴らはたくさんいるんだ。何人も捕まえているうちに、そんな感傷はなくなるよ。
窓から外をみたまえ。今日もあの屋根の下でいろんな事件が起こるんだ。そして何人か善良な人間が、遊佐みたいなやつのえじきになるんだ。
遊佐みたいなやつなんか自然と忘れるよ。

戦後の日本を多く描いた黒澤は、戦後の日本人にメッセージを送り続けた。
犯人の遊佐は、復員時にリュックを盗まれたたからグレた。しかし実は村上も同様に復員時にリュックを盗まれた。だから刑事になった。これが二人の分かれ道であり、アプレゲールの世代として、道を外れて犯罪の道にはいることに正当な理由などないと黒澤が言っているのだ。

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