交響詩篇エウレカセブン考

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交響詩篇エウレカセブン交響詩篇エウレカセブン考
交響詩篇エウレカセブン Psalms of Planets Eureka seveN 2005

監督: 京田知己
原作: BONES
声の出演: 三瓶由布子, 名塚佳織, 藤原啓治, 根谷美智子, 松本保典


これは、TVシリーズで好評を得た作品。
最近、新しいエウレカセブンの劇場版三部作の製作が決まり2017から交響詩篇エウレカセブン ハイエボリューション1が公開されている。しかし評判はかなり悪い。
昔のアニメの継ぎ接ぎだらけで、すこしストーリが変わっているという。

さて昔のエウレカセブンもかなり無理無理なストーリーなんだが、ボーイ・ミーツ・ガール(少年と異質な少女の恋愛)、トランスフォーマー的なな乗り物 (バンダイが作っているので当然だが)、ニルヴァーシュ、そしてガンダム的な戦争の設定で引っ張っていけるので人気が出たんだろう。

エウレカ、Eurekaはギリシャ語に由来する感嘆詞で、何かを発見・発明したことを喜ぶときに使われる。。古代ギリシアの数学者・発明者であるアルキメデスが叫んだとされる言葉である。
このヒト型コラリアンの発見に驚いてつけた名前とも言える。
ボーイ・ミーツ・ガールの話で、少年が少女と出会い、物語は動き始める。レントンの成長とエウレカの秘密が明らかになっていくことが物語の流れの中心。
そしてホランドの過去が次第に明らかになっていく。概ねこの展開がいんだが。


主人公レントンの成長物語である要素が多いのだが、うまくそれが見えてこないんだな。
レントンの成長として、
チャールズとレイが死ぬのも少し唐突なんだか、レントンの成長過程の出来事として必要であったは確かかも。でももう一つ瀕死の重傷をおっているヴォダラクの少女を、市内を連れ回して助けようとするんだが。
そんなことをしたら少女が死ぬことがわからないのだろうか??14歳としても、大人の世界で暮らしているのだからそれくらいわからないのだろうか。
レントンの成長物語のように見えるが、どんどんと変化しているようなしていないような。あまり成長が見られないのだが。エウレカとの二人の愛の成長はあるようだが。
レントンとエウレカとの恋愛は上手く描けているようで、なんだか稚拙。意外とレントンとエウレカを無駄に喧嘩させて仲直りさせるシーンが多すぎる感じがする。
ホールデンがレントンに対する当たり方がひどいと思うんだが。レントンの衝動的な怒りの描き方もやや稚拙であるが、成長期の少年にはあってもいいのかな。この辺りもうまく作り込めていないかと思える。
ゲッコーステイトは、なんだか忍者隊ガッチャマンの雰囲気がある。そしてニルヴァージュは、トランスフォーマー的である。特に最後に悟りを開き、レントンとエウレカに地球へ帰るようにいうところは、ニルヴァージュが成長していくところでまさにトランスフォーマー的な演出だ。

エウレカの体の変化は最初は冷たい表情から、明るく豊かな表情になっていくのは理解できるんだが。最終形態の蝶のような変化はなにか意味があるだろうか。サクヤにしてもゴンジイにしてもそこまで形態変化はしていないし。やっぱりちょっとやり過ぎだろう。
ストーリー的にはエウレカが異星人ということを際立たせたいだけで、それ以外の意味が見当たらない。

レントンの姉の秘密は、かなり最初は意味がありそうだったのだが。最終的にはホランドの初恋の相手であり、父アドロックをの研究をして父の死の謎を探求していくうちに行方をくらましてしまうのだが。
もっとレントンの姉に重要性を持たせても良かったのではと思うんだが。

ニルヴァーシュの名前の由来は、涅槃の意味のニルヴァーナだろう。アメリカのロックバンドにもニルヴァーナがいるけど。ニルヴァーシュは一体どう行った存在なのだろうかコーラリアンの一つの形態なのか?それともコーラリアンとコミュニケーションをとる一つの機会なのか?
最後はニルヴァーシュに人格があるのがはっきりしてくる。悟りを開くのだから。それでもはっきりしない。これは物語の作りに、トランスフォーマー的なな乗り物ありきで話が作られたせいだろうか。
もう少しLFOの存在はどうしてあるのかを追求してもらいたかった。

最終的には、エウレカとレントンはどこに行ったのか。コーラリアンとして生きたのか、あの惑星(地球に住んでいるのか)なんだか不明だ。
最後の場面はよくわからない。セカンドサマーオブラブが終わってからしばらく経ってからの話だろうと思うんだが。レントンとエウレカは入籍していて、三人のモーリス、メーテル、リンクが子供として入籍にしている。これはしばらく時間が経ってからなのだろうか
。それともあの書類は、祖父に送られた手紙に入っていたのかも。だからまだ二人は帰ってきていないとも理解できるんだが。

世界観として、最終的には自分たちが住んでいる惑星が、10000年の時を超えて、地球だったというのはアリだろうが。地下にというかスカブ・コーラルに囲まれていて空が見えるのは不思議なんだが。
10000年というのは人にどのような進歩をもたらしたのかはっきりしない。結末はややわけがわからないのだが。どうしてコーラリアンが地球を去ることになったかも不明。
これは、知的生命体がこれ以上増加することは物理宇宙が崩壊してしまう(クダンの限界)ということもあり半分の存在は別宇宙へ旅立ち、残ったコーラリアンは共生への道を模索することになるとのことだが、
デューイが行ったことは、人間にとって正しかったのか?全くわからない。
サクヤやゴンジイはコーラリアンとして地球を去るのはいいんだが、ノルブ、アドロック、ダイアンは人間からコーラリアンに変化したのだろうか?そうじゃないと他の世界にはいけないと思うのだが。
つまりノルブ、アドロック、ダイアンは、人間からコーラリアンと共生ができた存在なのだろうか。ここもしっかりとした説明がなかったと思うんだが。

最後の展開がうまく論理的に説明されていないと思う。そこが本当に残念である。結末は決まっていのは確かだろうが、論理的では全くないのも確かである。

コーラリアンの最終実態はエウレカ、ゴンジイのようなヒト型コーラリアンなのだろうか?抗体コーラリアンは、実際には知的生命体ではななさそうなんだが。
ゴンジイは、最終話では人間を監視するため月光号に乗船していたコーラリアンだったとういのだが。ゴンジイの設定はギャグだけかと思っていたのだが、コーラリアンか。なんだか面白いようで面白くない結末だ。

トラパー(Transparent Light Particle)の略で、透過性光粒子という意味の特殊粒子なんだ。これは3Dソフトの用語に似ているな。

交響詩篇というは、50話の題名に歌の題名からなっているからだろう。つまり歌が集まって、一つの交響詩を作っているということだろう。
なぜセブンなのかは?わからない。

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