伊豆の踊子 川端康成 1926

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伊豆の踊子伊豆の踊子 川端康成

川端の初期の代表作である。川端の小説は何冊か読んで大好きなのだが、この有名な小説は断片は読んだことがあるがこの短い小説を全て読んだことがなかった。

学生の中にある何か晴れない気持ちが伊豆の旅に向かわせる。そして修善寺、湯ヶ島、天城峠を越え湯ヶ野、下田に向かう旅芸人一座と道連れとなり、踊子の少女に淡い恋心を抱く旅情と感動が描かれている。

簡潔で綺麗な言葉が短い文章でリズムよく綴られているところもあり、円熟期の書き方の片鱗が見て取れる。やっぱり川端は女性を描写することに非常に長けている。そして運命の輪のような最初と最後の幻想的な締め、ここでは、最初と最後の老人と三人の孤児。これが若い学生と踊子の対比のように現実的、もしくは超現実的に現れる。

青春の自意識のつらさは、孤児根性に歪んでいた青年の自我の悩みや感傷
これは、一高生というプライドとも関係があるのだろう。それが踊子達との交流を通して、自分の中にあったわだかまりが消える。

他に小説の細かな点についての感想として

#自然と心象とが交わったような表現が素晴らしい。
雨の音の底に私は沈み込んでしまった。

#踊子の描写は、乙女の理想的な姿が描かれている。
はにかみや羞らい、天真爛漫な幼さ、花のような笑顔、袴の裾を払ってくれたり下駄を直してくれたりする甲斐甲斐しさ
1.彼女は私の肩に触るほどに顔を寄せて真剣な表情をしながら、眼をきらきらと輝かせて一心に私の額をみつめ、瞬き一つしなかった。
この美しく光る黒眼がちの大きい眼は踊子の一番の美しい持ちものだった。二重瞼の線が言いようなく綺麗だった。それから彼女は花のように笑うのだった。花のように笑うと言う言葉が彼女にはほんとうだった。

2.海際に踊子がうずくまって「私」を待っていた。2人だけになった間、踊子はただ「私」の言葉にうなずくばかりで一言もなかった。「私」が船に乗り込もうと振り返った時、踊子はさよならを言おうとしたようだが、もう一度うなずいて見せただけだった。

#自分のエリート意識と孤児根性が自分の自己嫌悪の原点でもあり、自我の悩みや感傷があるのだろう。それが旅芸人とのふれあいでそうして心が解放されるのが次の文章であるが、
もともと自分がエリートの学生であり、同行しているのが卑しい旅芸人であるということを踏まえた感情の流れのように見えてしまう。その当時と現代の感覚が変わったせいだろうか。

1.私は朗らかな喜びでことこと笑い続けた。頭が拭われたように澄んで来た。微笑みがいつまでもとまらなかった。

2.この物言いは単純で開けっ放しな響きを持っていた。感情の傾きをぽいと幼く投げ出して見せた声だった。私自身にも自分をいい人だと素直に感じることができた。晴れ晴れと眼を上げて明るい山々を眺めた。瞼の裏が微かに傷んだ。二十歳の私は自分の性質が孤児根性で歪んでいると厳しい反省を重ね、その息苦しい憂鬱に耐え切れないで伊豆の旅に出て来ているのだった。

#老人と三人の孤児を託されるのは、最初の老人との関連性(円が閉じる)のと、自分が孤児であるために、孤児を引き受ける運命的なものがあるように描かれている。


#最後の流れ
1.私はどんなに親切にされても、それをたいへん自然に受け入れられるような美しい空虚な気持ちだった。

2.真っ暗ななかで少年の体温に温もりながら、私は涙を出まかせにしていた。頭が澄んだ水になってしまっていて、それがぽろぽろ零れ、その後には何も残らないような甘い快さだった。

最初の文章は旅芸人とのふれあいから生まれた素直な気持ちのようでも見えるのだが、最後の文章はもっと感傷的であり、突然現れた少年からの温もりを強く感じているのはどうしてだろうか。
この小説がの底流に初代からの婚約解消と寄宿舎での下級生・小笠原義人との同性愛体験もあるからと思えてしまう。

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